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最終章
「再廻」

プロローグ 「未明の君と薄明の魔法」

移り変わっていく時代のなかで、自分だけが取り残されている孤独感に何度も苛まれた。  

 

その度に君の声が静かに甦る。  

 

『ひとでないものにしか、永遠が幸せかどうかは分からないと思う』    

 

ねえミコトくん。   

 

あの日のこたえを、今の私なら一緒に考えられるかな。  

 

前よりもちゃんとミコトくんと向き合えるかな。      

 

空が淡い光に霞んでいくのを、ただじっと見つめた。

最終章「再廻

――二〇一九年十月。  

 

「お疲れさまでした!」  

新しい出稼ぎ先の先輩が手を振ってくれた。頭を下げて外に繋がる扉を開ける。すると、冷えた空気が体を横切っていった。見上げれば、ビル群の間から射し込む夕日がいっときの赤い世界を作り出す。  

 

僅かに身が震える。それを誤魔化すように足を動かした。 そして人々が忙しなく行き交うなかに紛れこんだ。同じようなヒトのフリをして、コツコツコツコツと道を鳴らしていく。  目の前の信号が赤になった。  

 

立ち止まった人々の視線は手元のスマートフォンに向かう。まるでプログラムされているみたいに、ほとんどのヒトが同様の仕草をすることに違和感を覚えていた時期もあったが、今では私も鞄からスマホを取り出して視線を落とす。それからSNSアプリを起動させた。慣れた手つきでテキストを打ち込んでいく。

 

【配信予定】 

「…………」   

 

それ以上続けることができず画面をきった。暗くなった画面に反射している自分と視線が重なる。  

 

……東京での生活も少しずつ慣れてきた。  

 

ということは、遅かれ早かれまた次の目的地を考えなければいけない。

 

成長を、老いを、ヒトとしての生を外れた私は、旅芸人として世界各地を転々としながら過ごしてきた。それもヒトらしく生きるために、仕方のないことなのだ。  

 

しかし、心の落ち着く暇がない“この生”はとても息苦しい。  

 

歩みを止めたくても止められない。止まることを許されない。それでも私の姿は、あの時のまま――十七の夏のまま止まっている事実が余計に心を締め付ける。  

 

この足は、一体どこを目指して歩もうとしているのだろう。有り余る時間を手にした私の歩むべき道とは、なんなのだろうか。  昔は何の躊躇いもなかった気がするのに。    

 

 

信号が青へ変わる。  

人の流れに弾かれないよう一歩踏み出したとき。

「え……?」  

薄らと耳に届いたのは、時期外れの風鈴の音。顔を上げて周囲を見渡しても、それらしい物があるようには見えない。それでも急いで横断歩道を渡っていく人々の隙間を抜ける風と共に、その優しく懐かしい音は聞こえてくる。  

 

まるで私を呼んでいるみたいに。  

 

どこから鳴っているのか分からない風鈴の音を辿り始めた。  

 

人の間を抜け、まだ知らない道を行き、喧騒から離れていく。風鈴の音は少しずつ、はっきりと聞こえるようになったと思えば、それはあるメロディへと変わる。  知っている。知っているのにどこで聞いたか思い出せない。  

 

気づけば私は走りだしていた。

 

背中に受ける夕日の熱は寒さも忘れさせるほどで、夢中になって懐かしいメロディを追いかけた。  

 

そうして一層大きく音が聞こえてくる方へ、角を曲がろうとした瞬間。  

ゴツン!

「イッタタタ……」  

額に鈍い痛みが走り咄嗟に抑える。顔を上げるとそこには不自然に一枚の扉があった。慌ててその周辺を調べてみるも、そこには扉があるだけで後には変わらず道が続いている。

「な、なんで……?」  

木目調のアンティークな扉を前に首を傾げた。徐ろに耳を当ててみる。さっきまで聞こえていた音はこの向こうからしている。耳をはなして腕を組んで私は考えた。    

どうしてこんな所に、扉だけがあるのだろう。この扉を開けたらどこへ続くのだろうか。  

 

喉を鳴らす。  

私はノブに手をかけ、迷うことなく開いた。  

カランカランと鈴の音が鳴る。ここまで導いたメロディが伸びやかに奏でられている。  

そうだ、この曲は……。  

何十年も前だと言うのに、あの時の記憶が鮮明に呼び覚まされる。  

ミコトくんがたくさん練習していたもの。

 

ハッと急いで鞄の中から一枚の招待券を取り出す。

端々がよれたり、日に焼けてすっかり古くなってしまったものの、ずっと手放すことはなかった。  

それを手に静かに息をこぼす。それだけでは騒がしくなった心臓は落ち着くことなく、次は深く呼吸をした。

 

よし。   

 

扉の中へと入ると、そこは小さな喫茶店のようだった。懐かしい音楽が流れ、珈琲の香りが漂っている。アンティーク家具を基調とした落ち着いた店内が君らしいなんて思う。  

 

そして先に見えるカウンターのなかには、忘れもしない君が立っていた。  

 

口を開くもうまく言葉が出てこない。  

 

初めまして? 久しぶり?  

 

どんな言葉が正しいのだろう。  

 

そうこう悩んでいるうちに、君がこちらに気づいた。僅かに目を見開きそっと微笑む。    

 

溶けるような蜂蜜色の光が、私たちの間に差し込んだ。

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